
人気店「REC COFFEE」生みの親・ 岩瀬由和さんインタビュー【私の推しごと#19】
福岡ゆかりの人に、「お仕事」の話から、個人的に推している「推しごと」の話まで、普段聞けないいろんなことを聞く『ARNE』のインタビュー企画『私の推しごと』。
#19は、福岡を代表するスペシャルティコーヒー専門店『REC COFFEE(レックコーヒー)』を運営する『レックコレクティブ株式会社』代表取締役社長・岩瀬由和さんの登場です。
(※写真はARNEの「A」ポーズ)

画像:ARNE
生活に追われ目標を見失っていた20代半ばに出会った「スペシャルティコーヒー」の道を突き進み、今や福岡のリーディングカンパニーの社長となった岩瀬さんの「お仕事」「推しごと」の1日とは?
2023年9月に新しい焙煎工場に併設してオープンした『REC COFFEE 博多ロースタリー』(福岡市博多区吉塚)でお話を聞きました。
レックコレクティブ株式会社代表取締役社長。1981年愛知県生まれ。大学卒業まで愛知県で暮らし、福岡へ移住。アルバイト生活の中でスペシャルティコーヒーに出会い、大学時代からの友人・北添修氏とともに2008年移動販売のコーヒートラックとして創業。2010年の薬院駅前店を皮切りに福岡、東京、台湾で店舗を拡大。2025年4月24日開業の『ONE FUKUOKA BLDG.』(以下、ワンビル)を含め計10店舗を展開する。2014年、2015年には国内最高峰のバリスタを競う『ジャパンバリスタチャンピオンシップ』で2年連続優勝、2016年世界大会の『ワールドバリスタチャンピオンシップ』準優勝。
「お仕事」について
Q:まずお仕事の内容を教えてください。
福岡6店舗、東京2店舗、台湾2店舗を展開する自社焙煎スペシャルティコーヒー専門店『REC COFFEE』の経営者です。月の3分の1は出張で、店舗をまわったり、地球の裏側まで豆の買いつけに行ったりしています。

画像:REC COFFEE
Q:このお仕事を始めたきっかけは?
愛知県の大学を卒業後、福岡に移住してコーヒー屋さんで働いたのがきっかけで「スペシャルティコーヒー」に出会い、2008年、友達と一緒にコーヒーの移動販売を始めたのが最初です。その頃から『バリスタ チャンピオンシップ』という競技会に出て、バリスタとして腕を磨きました。
―『バリスタ チャンピオンシップ』2014、2015年の国内大会で優勝、2016年には世界大会準優勝とものすごい経歴をお持ちです。
その頃まで私はバリスタとしてお店に立っていました。ただ少しずつ店舗が増えていく中で、競技会に出場することは準備も含めて本当に大変で。競技会ではコーヒーの味だけでなく、プレゼンテーション能力などさまざまな角度からバリスタとしての表現を求められ、特に世界大会では英語でプレゼンする必要もありました。少しずつ店舗を離れて競技会にフォーカスするようになり、世界大会で準優勝。これで「バリスタは引退する」と決め、以降会社の経営に全力を注いでいます。
(※写真の岩瀬さんの後ろに並ぶのは『バリスタ チャンピオンシップ』の貴重なトロフィー)

画像:ARNE
―職人から経営者へシフトチェンジしたのですね。
正直、一時は会社の経営が傾いていたんです。店舗は広げてきたけれどそんなに儲かっていなくて、世界大会のために会社のお金もたくさん使っていましたし。経営を立て直して健全な状態にしなければならないフェーズに入っていました。世界最先端のコーヒーも取り扱いながら、従業員を問題なく雇っていくためにはやっぱり収益性は大事です。同じことをずっとやっていてもしょうがないので、変わりながら、規模を大きくしながら、チームを育てていくという一番難しいところに今チャレンジしているところです。
Q:あらためて創業までのお話を聞かせてください。
僕の貧乏時代の話ですね(笑)。福岡に移住したのは今から20年くらい前で、当時「なんで福岡?」とよく言われました。でも僕からすると、福岡は、人もお店も個性豊かでキラキラしてかっこ良く見えたんです。それで福岡に来たはいいけれど、仕事もないし住むところもない、そもそもどこも部屋を貸してくれない。どうにか貸してくれたのが家賃49,000円のアパートで、大学生の頃に親のすねをかじりながら愛知で住んでいたアパートより1~2万安かったし、僕は名古屋の飲食店では時給1,000円で働いていたので「楽勝だ」と思ったんですよ。住民票を移して、いざ求人情報誌を開いてみたら、時給650円! 高くても750円!
―20年前の福岡は確かにそれくらいかと。
でもプライドもあったし、調子に乗っていたので、おれは最低でも時給900円だと(笑)。昼はカフェ、夜はバーテンダーのようなバイトをして生活していました。でも楽しくなかった。とりあえず生きていくためのお金を稼ぐだけの仕事で、夢とか目標も全然なくて。カフェで厨房に入るようになったら、これがまた厳しくてきつかったです。
それでわかったのは、自分はお客さんの反応が見える仕事が好きだということ。料理が嫌いなわけじゃないけれど、なんか違うなあと思って、逃げるように辞めました。ありがちな話です。
辞める理由が必要だったので、旅に出ました。ちょうど兄がカナダに住んでいたので、両親に頼んで旅費を出してもらって会いに行って、その帰りにアメリカを2週間ぐらい列車で旅するという。むちゃくちゃですよね。そして現実逃避の期間が終わり、帰国したけれどやっぱりお金がない。
かっこいい感じがするカフェスタッフの仕事を探して、入ったのが『マヌコーヒー春吉店』でした。正直コーヒーのこともバリスタという仕事もよくわかってなかったけれど、本気でやってるんだな、すごいなって。その当時、『ハニー珈琲』の豆を取り扱っていた関係でカッピングと言われる勉強会に呼んでもらったりして、でもそのときは、僕がおいしいと思うものと、世界で評価されるものにギャップがある状態でした。僕は「コーヒーじゃないようなものをおいしいと喜んで変な人たちだな」「コーヒーにフレーバーがあるとかオレンジの味がするとか、何言ってんだろ」なんて正直思ってたんです。

画像:ARNE
―はじめはコーヒーの味が理解できなかった、と。
もともと「わからなかった」という悔しさが原点。でもそこから学んでいくとコーヒーの概念が変わり、「スペシャルティコーヒー」というジャンルにすっかり魅了されました。初めて人生で“本物”を理解した瞬間でしたね。
週1しか来なくていいと言われているのに毎日アシスタントとして店に立って、お給料は週1分しか出ないからほかのバイトにも行って、それで月収10万円ないくらい。半分は家賃に持っていかれて、電話も電気も止まるし、ごはんも満足に食べられないし、足りない分はキャッシングして何とか生きている状態でした。
そんな中でも、コーヒーにハマっていることはプライドで。おれはすごい本物を見つけた、好きなものを見つけたんだと。でもある日よく考えると、仕事は確かにエンジョイしてるけど、生活は破綻。何しに福岡に来たんだっけと考え直し、「スペシャルティコーヒーで勝負しよう」と友達の北添くんを誘ってコーヒーの移動販売を始めることにしました。
とりあえず車を用意しようと、スキー場でたこ焼きを売っていた車をローンで買って(ローン通ったんです!)、お金がないから自分で広島まで受け取りに行って、陸運局でナンバーつけて。そこからとにかく借金を返して開業資金を貯めるために、インターネットのカスタマーサポートセンターにバイトで入り、もう朝から晩まで当時は残業し放題だったので働いて稼いで、1年半の準備期間を経て、僕が27歳になる2008年に創業しました。

画像:REC COFFEE ※画像はキッチンカー
Q:日本一のバリスタになる素養みたいなものは、小さい頃からあったのでしょうか?
特にないと思いますが、昔から臭いものはダメでした。愛知にいる頃はサバの煮付けなんて全然食べられなかったです、匂いが無理で。でも福岡に来てからはサバも青魚もおいしくて、クオリティーの高さを感じます。
コーヒーのカルチャーで言えば、愛知にはモーニング文化があって、日曜日になると父と喫茶店に行って、“よくわからない気持ちのいい時間”を過ごしていました。コーヒーは家族の象徴のように思えますね。
Q:お仕事をする上で大事にしているマイルールは?
お金の利益だけのために動かない、ということです。お店に付加価値が付いたりお客さんの満足度が上がったり、もっと言えば、スタッフがおもしろいと思えることも大事。お金はとても大事で儲けることも必要ですが、お金の利益と仕事の満足度の高さが両立しない限り、動きません。

画像:REC COFFEE
Q:いつも持ち歩いているものは?
お守りは持っています。もともと神様仏様を意識したことはなかったのですが、それこそ経営に注力し出した2016年以降。よく経営者は孤独だと言いますが、別に孤独ではないけれど、よりどころがないと感じることはあります。愚痴を言うのも得意じゃないし、従業員もみんな若いし、僕も当時30代で。コーヒー一本でやってきたので異業種の先輩がいるわけでもなく、実家も遠く、地元の先輩後輩もいない。福岡には仕事きっかけの知り合いしかいなくて、自分が大きな壁にぶち当たったときの逃げ道みたいなものが全くなかったんです。その頃いろんな本を読んで、何かを崇敬するという作業が自分にはいいのかもしれないと思い、それから神社をいろいろ回って、たどり着いた神社のお守りを持っています。
―今でも判断に迷ったときなど、その神社へお参りに?
年に1~2回ですが、宮崎の高千穂にあるその神社へお参りに行きます。もちろん家の近くの氏神さまをお参りすることもありますが、そこに行くと清々しい気持ちになれるので、特に勝負事の前には足を運びます。コーヒー豆の生産地で直接豆を買いつける海外出張へも必ず持って行きます。

画像:REC COFFEE
Q:今後の展望を。
『REC COFFEE』としては店舗展開を進めていくことになると思います。僕らは、すごく尖ったコーヒー屋ではなく、寄り添い型。お客さんは、お店が好きだから、利便性がいいから、スタッフが親しみやすいからといった理由で来られる方が多いと思うんです。クオリティーは当然維持しながら、『REC COFFEE』としての性格性を維持した店舗をいろんなところに出していきたいと思っています。
―今日伺っている『REC COFFEE博多ロースタリー』ではスイーツの販売も。今後ほかのアイテムの展開も考えていますか?
多角化経営しようとは思っていませんが、コーヒーと親和性があるものに関してはおもしろいかなと思っています。今後のビジョンとして違和感はないですね。
「お仕事」のイチ推し
Q:旧「福岡ビル」「天神コア」「天神ビブレ」の跡地に2025年4月24日開業する大型複合ビル『ONE FUKUOKA BLDG.』6階に出店されます。ワンビル店の特徴を教えてください。
6階は全面ガラス張りの「スカイロビー」になっていて、商業区とオフィス区の架け橋となるような、ワンビルを象徴するフロアです。その一角に、一般のカフェ利用者とオフィス入居者が気兼ねなく過ごせる『REC COFFEE』最大規模の店舗が誕生します。私たちにとっても新たなチャレンジとなります。
Q:イノベーションの出発地としての役割も求められているとか。
7階に世界的スタートアップ支援機関『CIC』がイノベーションキャンパスを開設し、その支援組織『Venture Cafe Fukuoka(※正しくはCafeのeの上にアキュートアクセントが付きます)』が毎週木曜日に『Thursday Gathering』を開催する予定になっています。『REC COFFEE』はそこでドリンク提供を行いながら、将来ある若者たちがしがらみなくディスカッションする場、イノベーションの出発地となるような空間づくりをサポートしたいと考えています。
Q:スタートアップ企業の集積地として知られ、世界的なコーヒーチェーンも生まれた米・シアトル。そこに通じるような雰囲気が?
そう思います。ベンチャー系とコーヒーって、すごく相性がいいんですよ。ベンチャーはやっぱりクリエイティブじゃないと成功しない。クリエイティブな感覚とコーヒーって非常に親和性があると思うので、そういう面でのシナジーが生まれるんじゃないかと期待しています。